2011年08月23日

身体の固さは心の固さに比例する

 先日、リンパ浮腫にマッサージなどの治療をしている看護婦さんのお話を聞くことができました。
 リンパ浮腫とは、そのほとんどががんの手術でリンパ節を切除した方や、放射線治療を受けた人が多く、足や、腕などリンパの流れが悪くなって滞りむくんでいくというもの。ひどくなると、足の太さも健康な足の倍になり、こうなると、日常生活にもいろいろと差し障りがでてきます。
 治療や予防には、マッサージや圧縮ストッキングなど毎日のケアが大事であるとされます。

 この看護婦さんは、患者に、ストッキングの斡旋やマッサージの仕方を教えており、彼女自身も患者にマッサージを施します。

 絶望のあまり、「どうして私だけこんな目に会わなくてはいけないの!」「この病状なんとかしてよ」というような心を持った患者だと、マッサージをしていても皮膚そのものが跳ね返すような感覚あり、大変固い状態であることが多いとのことでした。
 
 逆にマッサージをして、すぐに血流やリンパの流れの反応があり、コリもほぐれてしまう人はやはり素直な人が多いとおっしゃいます。

 15年前から、リンパ浮腫に苦しむ人をなんとかしたいと研究を始めたこの看護婦さん。最初の頃は、がん治療をする先生方からも理解が得られないことも多かったと話をしていました。今では、総合病院の一室をリンパ浮腫治療用に与えられ、毎日忙しく何人もの患者さんを診ています。
 その何千人もマッサージを行ってきた専門家の意見が、心の持ち方が身体の固さや血液やリンパの流れに影響するというのです。 
 やっぱり、心と身体は大変密接に関わり合っているんだ!ということを再認識しました。

 ということは、身体のコリがあるのは、心が素直でないということ?
 私の肩こりは、私の心のどの部分の固さなのか・・・ということを見つめなくてはいけないということ・・・でしょうか・・・
posted by nanami at 14:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月05日

紀元前に建国された国

 ここ一ヶ月、日本人のルーツが神社を探るという切り口ではなくて、皇紀2671年という史実を元に話を聞く機会が何度かあった。
 株式会社VOICE発行の「神々の国、日本」の制作に関わった時に、連綿と続く皇室がある文化は世界広しというが、こんなのは日本にしかない。という認識はあったが、それが、日本の国のあり様をも示しているとは考えなかった。
 今は初代天皇の神武天皇から数えて125代目であり、神武天皇が即位した時が建国記念日となっている我が国では、皇紀2671年はつまり、建国2671年となるのである。
 そっか、なるほどと思ったと同時に、世界遺産にしてもおかしくないのではないかと思った。

 先日、マレーシアの方と話す機会があったので、建国してから何年になるのと聞いたら、「60年」と言われた。えぇ〜!そんなに短い歴史の国家があるの?と疑問に思った私は、なんていうことはない、日本の建国以後の歴史が世界に類をみない長さであるということだったのである。イギリスもウィリアム王が1066年にイングランドを制圧して王朝を築いて、その年を建国としても945年なのである。
 
 日本は紀元前に建国しており、そこまで歴史が古いと様々な説が出てくるのもなんとなく納得する。そして、政権はもちろん何度も変わっているが、日本としての文化が脈脈と受け継がれてきていることが、今の日本を作っており、その片鱗が老舗が多いことでうかがわれる。
 日本には、千年を超える老舗企業が7社ある300年以上の会社が605社あると帝国データバンクの調査にあるそうだ。世界を見渡しても創業200年を超える会社の半分以上が日本にあるということは、文化を継承するのに安全な国なのではないかといえるのではないだろうか。
 そんなことを、いろいろと考えていると、なんだか、日本人としての誇りが沸いてきて、明日への活力になっていくような気がした。日本という国はいい国じゃない。
posted by nanami at 10:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月05日

初詣

 昨年は、混雑を避けて明治神宮に1月3日に行きました。元旦の混雑を避けたつもりでしたが、これが予想以上にすごーく混んでいた。原宿駅から南参道に向かい大鳥居のところあたりで順番を待つ人たちが参道いっぱいに広がっていた。それから、参拝まで1時間あまり。
 初詣の聖地のようだ。と思ったものです。
 
 日本人はもともと、自然の森、川、岩、木などに神を感じ、そこでさまざまな祭祀が行われていました。大いなる自然に尊厳を感じ、敬い、感謝の気持ちをささげてきたようなのです。
 清浄な自然に神が宿る。
 とされ、ことあるごとに感謝の気持ちと地域住民の安泰を願っていたのだと思います。
 そんな、美しく力のある自然の中で古代祭祀が行われていましがた、仏教の伝来とともに、社殿が建てられていきました。仏教のお寺はこれまた荘厳に建てられてものですから、それに習ったのかもしれません。
 そんなふうにして神社が建てられていったので、日本全国のパワースポットと言われているところは、もしかすると、つつうらうら神社が建てられているような気がしてなりません。
 
 神社はもともと地域住民の安泰を祈るところであり、感謝の気持ちを伝えるところでした。米の生産が大変重要とされ、地域住民の安泰イコールお米の出来具合だったところもたくさあったのではないかと思います。
 春に作物の豊作を祈り、秋に作物の実りに感謝する
 こんなふうにして、何千年もの間祈りがささげられているのが神社ではないかと思っております。

 初詣に行った時は何を思うといいのでしょうか。
 そりゃぁご利益にあやかりたいとは思いますが、そうするには、自分自身がしっかりと天意に沿った生き方をしていないといけないのではないだろうか?などと思っていると、私のような現世の欲もしっかりあるものにとっては過ぎた願いになってしまうのかなぁ。などと思ってしまい。結局、頭の中でグルグルしているうちに、挨拶だけをして帰ってきたというのが、今年の初詣でした。

 まぁこうして元気に生かされているということに、感謝するといいのかなぁと落ち着きました。
posted by nanami at 10:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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