2012年02月22日

彌彦神社 2

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1月3日初詣で訪れた人たちでいっぱいの本殿前

 子どもの頃は、彌彦神社がどういう神社なのかわからずにただ、その空間に行くことがなんとなく嬉しくて行っていた。後年になって、いつ頃建てられたのだろうと思い神社にいる人に聞いてみた。
 すると、はっきりした答えが返ってこなかったのである。
 「いつなんでしょうね〜。万葉集に詠われているから、それ以前からはあったようですよ」
 というのがその時の答え。
 
 これに対して私はすごく驚いた。こんな立派な境内も山もあって、ずっとお祭りされてきた神社の創建年がわからない。それがすごく不思議だった。
 
 今では、この答えも多少は理解ができる。 
もともと、神社があるところは、社殿などはなく、岩や木を注連縄など囲い、自然に対して感謝の気持ちを捧げる、祀りの場だったことが多く、仏教の伝来とともに、社殿が作られていったといわれている。
 すると、社殿がなかった時代も含めると、いったい、何時からお祭りが始まったのかはわからないといこともあると今では認識している。
 そして、何千年もの間神社として大事にされてきた境内は、もちろん、むやみやたらに木を伐採することもなく、自然の植生そのままだということを学んだ。この時に、だから北海道の自然を思い出すことができたのかと合点がいった。
 
 彌彦神社にお祀りされているのは、天香山命(あめのかごやまのみこと)。『先代旧事本紀』では、高倉下命と記されているそうだ。
 神武天皇が熊野で得た霊剣「布都御魂(ふつのみたま)」を見つけて献上した高倉下命。この霊剣によって、荒ぶる神を制圧したという。
 神武天皇の即位後、勅命を受けて越後に渡り、漁業と農業を伝授したと伝えている。

 ということは、日本最古の歴史書といわれる、古事記にもその記載がチラっと載っているということになる。
 北海道出身の私は、日本の古い文化遺産に触れたのはこの神社が初めてで、当たり前なのだが、
「本当にこういうことがあるんだ」
と実感した。

つづく

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(左)菊祭りの様子(右)菊祭りで出店中の出店。
 お祭りは11月1日から24日まで開催される。
 期間が長いせいか、境内はわりとゆっくりとした感じで、初詣のように人が押し寄せる感じがしない。
といっても写真でみると結構人がでているかなぁ〜。どちらにしろ、
 私はこの日はゆっくりと、紅葉を楽しむつもりで散歩気分で訪れることにしている。
posted by nanami at 09:54| Comment(0) | 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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