2012年02月21日

彌彦神社

彌彦神社 1

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弥彦山と多宝山 8月

 新潟平野のほぼ中央、日本海側に600メートル級の山が5つ連なっている。左から、国上山、雨乞山、弥彦山、多宝山、松ヶ岳。
真ん中の弥彦山が一番高い山である。そして、その麓に抱かれるように、彌彦神社がある。

 小学校4年生の時にこの神社を訪れて以来とても好きな神社の一つとなった。
その頃私は北海道に住んでいた。春、石狩平野がまだ雪を被っているころ、家族4人、車で新潟まで旅をした。車の中から見える景色がどんどんと変わる様子に大変な驚異を感じ、両親を質問攻めにしたのを覚えている。

「どうして青森ってこんなに暗いの?」
その時の青森は空がどんより暗く、雪に閉ざされていた。
「どうして、本州は走っても走っても街が切れないの?新しい街に入ったらどうやってわかるの?」
「どうして、本州には、原生林がないの?」

 これらはその時の私にとって、大変な不思議だったのである。そして、どこを見ても人が手を入れた跡があるとことに非常に違和感を覚えた。ほったらかしの自然が少ないので子どものくせに大変窮屈だと思った。
北海道にいると、自然の森が多く、自分の気または気配がどこまでも通り、大きな受容と開放感が感じられるのだが、それがここではまったく無いように感じたのである。

 そんな不思議な感覚も新潟に到着する頃にはすっかり忘れた。新潟平野で何代にもわたってお米を作ってきた母の実家は萱葺屋根で、人が何十人も泊れそうな大きなお屋敷だった。蔵が家の横にあり、池が家の前にあった。そして大きな倉庫のようなものがその隣にあった。

 何を見てもめずらしいかった。
まるで、外国に来たみたいで、教科書やテレビ、マンガで見た世界がそこにあったのである。その頃の私はこういう日本の昔ながらの家屋はもう存在してないと思っていたのである。だって、北海道で生活している分には見たことがなかったのだから。

 親戚やいとこにいろいろなところに連れていってもらったのは今でも楽しい思い出となっている。そして、旅の最後に訪れたのが彌彦神社だった。

 訪れた時に、「やっと北海道にいる時と同じような感覚になれるところだ」と思った。杉の大木が何本もあり、寛容と受容そして、なんとなく心が解放されていくような感じがした。
鬱蒼とした鎮守の森は静かに参道を通る人々を見守っている。その頃は参道の前に写真屋さんがいて、参道をバックに記念写真を撮っていた。

 社殿の後方から弥彦山の山頂へ登るためのロープーウェイがあり、駅まで歩いて約10分。その道が「万葉の道」と呼ばれている。参拝を済ませて、万葉の道を歩くとさらに心がどんどん晴れていくような気がした。

 山頂には、遊園地があり、もう少し山をゆっくりと登り山頂の御神廟までいくと、日本海と越後平野の両方が遠くに見渡せた。
「神様はここから、海と平野の両方を見てるんだ〜」
と思ったものである。

 こんな小学校4年生の時の思い出は、彌彦神社は心が解放される場所として私の中に位置づけられ、新潟を訪れる度に参拝している。

つづく

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(左)一の鳥居(右)玉の橋 「神様だけが渡るといわれている」5月

posted by nanami at 14:53| Comment(0) | 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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