2011年07月19日

3月11日、震災後に思うこと−F

 この日は11トンのトラックと谷中さんが乗るハイエースの2台で仙台に向かいます。私がハイエースに乗り込むと、ガソリンの臭いが充満していました。東北自動車道のスタンドではガソリンが販売されていますが、仙台市内に入るとガソリンを入手するのが困難となるので、ガソリンを積んでいたのです。
 その他の荷物は、全国から集まった食料、お米、煮炊きの道具、レトルト食品、おむつ、洋服、毛布、石油ストーブと灯油などなど。

 一度栃木県で高速を降り、そこでも荷物を積んで仙台の田子さんのところへ到着したのが11時頃。雪がちらつくまだまだ寒い日でした。津波が押し寄せたほぼ最終地点となる田子さんのお店の周りは、大変埃っぽい。その頃は津波と一緒に流されてきた残土が乾いて風に舞っていました。

 後日談ですが、防塵用の丸い形状のマスクをして作業をしていましたが、たった1日しかいなかったのに、次の日には顔がマスク型に荒れて、吹き出物が出てしまい、ひょっとこのような笑うに笑えない顔となってしまいました。砂埃だけでこんなことにはならないはずなので、空気にさまざまな物質が含まれていたのではないでしょうか。

 隣に田んぼがあるのですが、遠く見えるのは田んぼに突き刺さった車でした。

 荷物をお店の前に降ろして、ダンボールを運び荷物の仕分けが始まりました。さまざまな形で荷物が梱包されているので、いちいち開けて確認し、オムツはオムツで、食料は食料と分けていきます。
 田子さんが荷物を見ながら、
「下着は取り合いのケンカになるんだよね」
「電池も見つかるとケンカだね」
とブツブツ言いながら、指示を出しています。

shinsai-1.jpgshinsai-2.jpgshinsai-3.jpg

上から順に■トラックから荷物を降ろすところ■お店の前の救援物資の山■午後3時には運ばれいった

 私の担当は洋服と下着。被災地では古着は受け取ってくれません。衛生上の理由ということです。ですが、ダンボールから出てくるのは、ほとんどが古着でした。綺麗なものもたくさん入っていましたが、毛玉がたくさんついたどうみても廃棄処分というものもあり、人の価値観の違いをまざまざ見た気がします。
 
 午後からは、地元の人たちが押し寄せてわ〜と、仕分けをし、それぞれの小型トラックに積み込んで荷物を運んでいきました。
 
 震災から一週間、まったく知らない人たちがお互いの意図に共感しアッという間に行動を起こし流れるように物資が避難所に運ばれていきます。民間の集まりだから、何千人もの人たちをカバーするような物資は供給できませんし、焼け石に水でも石の温度が少しの間、下がるのかもしれません。それぞれが、そんな思いを持ちながらお手伝いをしていたのではないかと思います。
 
つづく
posted by nanami at 10:24| Comment(0) | 3月11日、震災後に思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。